トトち舎襖張りワークショップ 第2日目

気がつけばもう梅雨。

まだ肌寒い4月15日に、トトち舎の襖張りワークショップ第1日目がありました。でも、それ以降の報告をしていなかったので、ここはがんばって報告します。

第1日目は、シナ合板で作られた襖に和紙の下張りをする作業でしたが、引き続き第2日目も残りの襖に和紙を下張りする作業です。

今回、襖の製作に興味を持っていただき、中心的な役割で関わっていただいたAさんは、クライアントの同僚の先生で日本画を描かれています。襖の仕上を漆喰に合わせたいと思い、いろいろと尋ねていたら、日本画で使われる胡粉が良いよと聞きつけ、A先生に声をかけていただきました。人の輪っていいですね。

それともう一人は、襖に貼る和紙をコーディネートしてくれたSさんです。せっかく和紙を貼るのであれば美濃和紙にしたいとなり、美濃市で手漉き和紙を漉いている保木工房の保木さんの和紙を求めて美濃市を訪ねました。その時にSさんにお会いしましたが、Sさんも女性紙すき職人です。頼もしいですね。

そんな訳で、お二人の力強い応援もあって、襖張りのワークショップが実現することになりました。

さて、下張りの和紙を張る糊は、生麩糊(しょうふのり)という日本の伝統的な装幀などに使われてきた接着剤です。お麩を作る過程で分離して沈殿した粉が原料だそうです。だから、食べても安心だし、水に濡らせば簡単に剥がせるそうです。凄い知恵ですね。

その生麩糊を和紙全体に塗って襖の下地に張って行きます。建築現場の雰囲気とは違って、静かでゆるやかな空気に包まれた作業ですが、糊の付いた和紙を手渡しする時は、お互いのリズムが合わないとうまく行きません。緊張感が走ります。

作業に使われている道具の一部です。日本画に使われている刷毛だそうですが、柄のゆるやかなカーブと柔らかな毛が、いかにも日本の肌触りでした。

あっと言う間に下張り作業は終わりました。おそらく時間はかかっているけれど、緊張感のある作業が時間を忘れさせてくれたんでしょうね。ご苦労様でした。きれいに和紙が張られています。

 

尊い命の犠牲の上にあることを忘れずに

今日は雨ですね。

そのせいでしょうか、朝から違うことを考え始めていました。そして、さきほど民主党の「国民の声」係りにメールを入れました。

日々新聞をにぎわす消費税のことで自民党と迎合して行く姿を見るにつけ、一票を投じたものとして憤りを感じたからです。

こんな話しをこのブログで出すべきか迷いましたが、自分の思いであることは確かなので皆さんに見ていただくことにしました。

この国が、本当に愛すべき国になることを願って。

民主党の皆様へ

自民党政権が長く続く中で、政官財の腐敗を招き、国家のあり方と行く末に疑問を持った有権者が、あらたな政治体勢に期待して民主党に政権を委ねました。その委ねた有権者の一人として、今の民主党に強く抗議します。

消費税増税の問題の前に、まずなすべき優先事項があります。それは、腐敗した国家体制に対して、新たなる国家の形を明確に打ち出し、それを着実に実行することです。現在の腐敗した体勢を棚上げにして、増税を先行することは、旧来の政治体勢を維持することに加担することになります。したがって、消費税の問題は、その改革の実行過程が明確になり、国民が納得した形で、はじめるべき議論です。

今、民主党が犯している一番の愚業は、今回の自民党との合意にあります。なぜ、腐敗した国家を作った自民党と手を組むのか。そして、選挙で掲げてきた公約を投げ捨て、なぜ自民党と結託するのか。これは明らかに、付託を受けた民主党の公約違反であり、政権を委ねた有権者への裏切り行為に他なりません。

現在、日本には国家の存亡を揺るがす、二つの大きな問題を抱えています。一つは、原発事故の問題です。政府は収束宣言を出して国民の目を背けようとしていますが、国民や世界の目は、そうは見ていません。この問題は長期にわたる問題であり、復旧の中で、ふたたび大きな地震や津波に襲われた場合、この国の半分以上を失うほどの計り知れない被害となり、もはや手の施し様がない事態となってしまいます。これでは、憲法に掲げられている国民の生命や財産を守れないばかりか、国民から、あるいは世界から、この国に対する信用を失うことになります。

もう一つは、東日本大震災と原発によって被災を受けた国民に対する対応のあり方です。震災があって1年以上も経過する中で、被災者および被災地域の救済は遅々として進んでいません。こんな重大なことを、なぜ国をあげて積極的に救済しないのか。仮にこれが首都圏であれば、このような対応をするとは考えられません。苦しみ疲弊している国民がいるのに、このことを最優先課題としないこの国の姿勢に疑問をいだきます。

先の戦争では、300万人ともいわれる多くの犠牲者を出し、結果、広島や長崎で罪のない多くの国民が亡くなりました。日本は、世界で唯一の被爆国となってしまいました。その多大なる犠牲と悲しみを抱えた国でありながら、過去の経験を活かさないまま、愚かな政治体勢によって、2度目の被爆国家になってしまいました。このような愚かな国にするために、多くの犠牲と悲しみを必要としたのでしょうか。この国は、このまま国民を愚弄し続け、国民を犠牲にし続けるつもりなのでしょうか。

いま、民主党に投げかけられている課題は、この国のあり方に失望している国民に対して、信用に値する決断を実行することしかありません。それは、国民の生命と財産を守ることを最優先事項とし、それを実行できる政治体制を築き上げ、国民の付託を現実化することです。

つまり、原発事故に対する国家としての責任ある行動と被災者および被災地域に対する早急なる救済を最優先課題とし、それを実行するための政策的な課題を全国会議員に投げかけ、法律の改正や行政の体勢を改め、あらたなる国家の仕組みを作り上げることです。

東北を救うことは国を救うことであり、国家と国民の信頼を真に築き上げることになります。
そして、それを実行して行く過程で、新しい日本の体勢が生まれて行きます。

この国に与えられた、尊い命の代償をともなった大きな機会を、どのように活かすのか。

国民は、そのことをじっと見つめています。