ありがとうございました。

今年もあと数時間ですね。震災に始まり、津波の被害、原発の問題と大きな課題を背負った日本ですが、混迷する政治と疲弊した行政のあり方が、この国の未来を照らせずにいます。このままではだめですね。消費税の値上げは日本の未来に欠かせないと言っていますが、その言っている人達へ信頼が欠けていては、どうにも始まらないように思います。先日テレビで見た「坂の上の雲」の時代には、信頼を寄せることが出来た国だったんだと思います。やはり、この国の行く末を築くのは、政治家でもなければ官僚でもない、私たち自身なんだと思い知らされた年でした。

そんな中、個人を振り返れば、自らも錆び付き固定化の道を歩んでしまっていることに気付かされました。世界を駆け巡ったスティーブ・ジョブズの死は、私自身にも響くものがありました。彼ほどに勇気を持って突き進んで行くことはできませんが、自分を信じて自分の夢に突き進んで行くことが大事なんだと教えてもらいました。今年は多くの失敗と挫折と自信を失いました。すべては自分の問題です。でも、このままでいることは自らも耐えきれず、さりとて逃げることも本意ではありません。「失敗は忘れろ!」そう自分に言い聞かせ、あの「坂の上の雲」にある眼差しと勇気を持って歩んで行くしかないと思います。

ここは、ジョブズ氏の言葉を借りて、次なる自分へ!

Stay Hungry   Stay foolish

もう十分にハングリーであれば、あとはバカに磨きをかけるだけ!

そう信じて今年を終えたいと思います。

今年一年をおつきあいいただき、

本当にありがとうございました。

変わり続けること

 今日は、毎月26日に集まる楽三会がありました。今日、お話ししていただいたゲストは、各務原市の木材団地で材木を扱っている平野木材の岩出さんでした。樹木と言われる木の呼び方も、青木、黒木、赤木、白木と、樹木の姿が移り変わって行く有様を、言葉として表した日本の文化についての話しを聞かせていただきました。
 そんな中、一番印象に残ったのは、木材の中でも付加価値の高い木を、銘木と称して区別していたが、それを関東では美術・工芸品の材料として扱い、関西では商品として扱うようになったと聞きました。確かに今の世の中では、木は木材と言われ、物としての扱いになっています。しかし、ほんの少し前までは、山の神様、森の神様がいた頃は、決してもの扱いにはされていませんでした。
 3・11以降、自然と人間の関わりについて、いろいろな面で語られるようになってきましたが、そんな中、いろいろな話を聞いていると、どうやら私たちが住んでいるこの社会は、人間の都合で自然を思うように利用してきたんだと知りました。
 いま、日本の山は荒れ放題です。それを嘆いて、どうにかしろよという方もいますが、山を持っている人にとっても、どうにもできない市場原理が働いています。近くの山を見ると、緑豊かに見える山ですが、材木として利用されているのは、海外から輸入されている木材です。近くにありながら、身近に使えなくなった木は、可哀想なくらいに見捨てられています。
 大きな矛盾が、いまこの日本を覆ていますが、もうそろそろ、矛盾に満ちた価値観の時代を脱ぎ捨てて、生きることを素直に喜べる時代へと変わらなくてはならないように思います。
 今日、3匹目のカニをいただきました。誕生日を迎えた人に、画家の加藤さんからもらえる大切な絵です。その絵に込められいるのは、脱皮し続けるカニを見習って、自己を磨けという想いです。
 さ〜ぁて!!新しい自分を迎えて、未知なる自分を築いてゆかねば!!
Photo

沈丁花

 現場を見てきた帰り道、車のラジオから聞き慣れない音が響いてきた。初めて聞く地震予知放送であった。突然のことで内容がよくわからなかったが「津波が10メートル以上・・」とだけ耳に残った。想像するにも信じがたい内容なので一体何がおこったのかわからなかった。家に帰ってみると、とても悲惨な光景が飛び込んできた。まるで映画を観ているような感覚に襲われた。まさかこれが現実とは・・・それ以来、何か重たくむなしいものが私の身体に住みついている。16年前の阪神・淡路大震災の時に感じていたあの重くむなしいものが、またふたたび訪れてしまった。
 いまはただただ祈り、一人でも多くの人が助かることを願い、また災害にあわれた方々に心からお見舞い申し上げる次第です。そして、一日も早い復興を願い、自分なりにできることをさせて頂こうと思います。
 今日、街を走っていると、ふと花の香りがしました。春の訪れを知らせる沈丁花の香りでした。沈丁花の花言葉のように、この日本が明るい未来へ向かって、共に歩んで行くことを信じています。

大晦日

あと数時間で2009年も終わろうとしています。そとでは雪が静かに降っています。
久しぶりに大晦日に雪が降って、ふっと思い出したのは、たぶん中学生の時の大晦日でした。その頃は、金沢に住んでいたので、おそらくは兼六園に近い尾山神社に行こうとしていた時だったと思います。12時もとっくに廻った深夜に一人雪の中を歩いていましたが、まわりの音が雪で吸い取られ、キュッキュキュとなる自分の足音だけが聞こえていました。そして、電柱の明かりに写し出される雪が、ふわふわふわふわと静かに地面へ帰って行きました。
さみしい道のりだったのに、まわりの雪が何だか心を暖かくしてくれていたように思います。
そんなことを思い浮かべながら、この一年を振り返ってみると、今年もまた、いろんな人に支えてもらって良い年を過ごすことができました。あらためて、お礼を申し上げます。
ありがとうございました。
また来年もどうかこの未熟者に愛の手を差し伸べてください。
よろしくお願いします。
そして、皆様方が良き年を迎えられますよう、心から祈っております。
ありがとうございました。

2009年あけましておめでとうございます。

あけましておめでとうございます。
2009年 丑年
世紀末から新しい世紀になって早くも9年目を迎えました。いま、メデイアをにぎわしているのは「100年に一度」という言葉です。100年前の1909年は、いったいどんな時代だったんでしょうか?
高校の世界史の史料をつらつら見てみると、欧米の列強諸国が世界の覇権と富を争って、どんどん世界に進出していたようです。そして、5年後には、ついに第一次世界大戦に突入してしまいます。日本も富国強兵政策で武力を増し、5年前には日露戦争に勝って列強諸国の仲間入りをした時でもありました。20世紀は戦争の時代と呼ばれていますが、まさにそのピークへ上り詰めようとしていた頃のようです。
では、100年後の今、私たちはまた同じ道をたどることになるんでしょうか・・・

今回の「100年に一度」の出来事は、一部の強者が富を求めて、世界に仕掛けたマネーゲームであったように思います。そんなゲームとは無縁で、地道に生きている多くの人たちにとっては、いい迷惑でしかありませんでした。資本主義の行き過ぎた姿が、こんな風に社会をゆがめていては、「100年に一度」の出来事がまた繰り返されるとも限りません。どうやら、資本主義に変わる新しい考え方や生き方が必要になってきているように思います・・・

なんだか難しい話になってしまいました。

私が、今感じていることを素直に話せば、メディアを賑わいしている「未曾有の不況」という言葉は、富を求める者の言葉であって、生命(いのち)を生きる者の言葉ではないと思います。
つまり「未曾有の不況」を抱えた今の体制の悲鳴は、生命を生きる者にとって、その言葉がより多く聞こえてくる世界の、まさに生まれ変わろうとしている産声でもあります。

時代は「Time is Money」から「Time is Life」へと変わろうとしているのだと思います。
21世紀は「生命の世紀」であり、大きなパラダイムシフトを迎えているとように思います。

年明け早々、ちょっと大げさな話しになってしまいましたが、こんな思いを持って明るく元気に生命を生きて行きたいと思っていますので、今年もどうぞよろしくお願いします。

追伸;生命を生きる者達へ

   ともに手をつないで歩もう

   未来は私たちの心にある

   生命を生きる者達へ

   ともに悲しみを分け合おう

   未来は私たちの心にある

   生命を生きる者達へ

   ともに喜びを分かち合おう

   未来は私たちの心にある

   私たちの心に新しい世界が見える

   私たちの心に新しい生命が見える

   

ゆりかご

今日親友と昼食をしていた時にふと椿洞にあるゆりかご幼稚園のことが思い出され、友人に無理を言って車で連れて行ってもらった。
何年ぶりだろうか・・建築探訪という冊子でゆりかご幼稚園を取材させていただいた。あの時は子供たちが楽しそうに遊び回り元気な声が幼稚園全体にあふれていた。
園長先生がこの場所に来られた思いを伺って本当にいい幼稚園だと感じた。
あれから何年が過ぎただろうか。産廃問題で幼稚園が閉園したことを耳にした。
今日その幼稚園を訪れてその変わりように心が痛んだ。かわいそうだ。
子供たちが走り回っていた庭も、うれしそうに手をつないで出かけていった小さな門も、今は雑草に覆われてしまい、その姿を見ることができなかった。
どうしてこんなことが・・・
今の日本を、そして今の日本人を情けなく思う。
外壁にかかっている子供たちの絵を見て、今にも子供たちの声が響いてくるようだった。
「たすけてー!」

星になって

今日は本当にすがすがしい天気でした。
秋晴れとは今日のような天気のことをいうんでしょうね。
淡く美しい青空はどこまでも広がり、
雲は気持ち良さそうに浮かんでいました。
土手の桜は色づいた葉をひらひらとまき散らし、
すすきは銀色に光った穂をゆらゆらと風に遊ばせていました。
そんな心地よい日に、彼のお葬式がありました。
今日の天気は彼の人柄そのものでした。
今夜は彼が好きだったパヴァロッティを聞きながら、
夜空を見上げていたいと思います。
ありがとう。